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「抗うつ」と診断された私が社会復帰する迄の隘路

「抗うつ」と診断され会社を自主退職をし、現在結婚貯金を崩しながら一人暮らしをしている元OLの日記。私が日々日記帳に書いた言葉をここにも残したい。社会復帰できるまで見守っていて下さい(特定を避けるため、記事の日付は現実とリンクしていません)

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抗うつと診断されたまでのこと、それからのことをまとめる

まとめ

ある日から、出勤中や業務中に激しい吐き気や腹痛や眩暈が起きるようになった。今までのように元気に出社できないようになったが、上司は私に更なるプレッシャーを与え続けた。内科、脳神経外科と病院にかかり、結局辿り着いたのが心療内科。このとんだ迷惑な症状の原因は、上司のパワハラ等、会社に係ることだった。

診断結果を知った私は、胸のつかえがとれたような気分になり、加えてまた、今まで張りつめていた糸が切れてしまったような感覚に陥った。どんなに薬を処方されても、定時で働くことが段々と不可能となった。

2番目までの記事は恐らくその時期のもの。部屋にあった小さなノートに書きなぐってあった。その次の記事はそれから一カ月以上経過してから書かれている。

糸が切れてからのことは、断片的にしか思い出せない。親や友人にに泣きながら電話したり、どこかのお店の店員に怒ったり、自殺未遂をしたり、言動も表情もどこかおかしかったそうだ。長期的な記憶どころか、短期的な記憶もなかった時期だ。例えば、朝起きて、なぜ私の部屋に両親がいるのか覚えてなかったし、前日のLINE記録を見てもなぜこんな文章を送ったのか、通話で何を話したのかも覚えてなかった。きっとすべての言動が衝動的だったのだと思う。よくわからない。

たまに調子がいい時には出社したが、業務自体は恐らく、普段通りにまわせなかっただろう。そしていつの間にか私は、退職をしていた。

改めて日記をつけ始めたのは退職届を提出してからだろうか。その時の私は、色々思い出せないことが多すぎて、それが悲しくて空しくて悔しくて恥ずかしくて仕方がない気持ちでいっぱいだった。そんな時、ノート見開きいっぱいに汚い字で書きなぐってある当時の日記を見つけ、日々の内容やその時の気持ちを、忘れないように書き残していこうと考えた。

それから数カ月、こうしてウェブ上に日記を掲載し始めたのには色々理由がある。まずは精神病がどれだけつらいのか、どういう薬を飲むのか色々な人に知ってほしかったからだ。次に、私と同じような境遇の人がこのブログに辿り着いたときに、回復に向かう糧になればいいなと思ったからだ。現状、何が糧になるかわからないが。最後に、大変厚かましいが、こんな私が社会復帰するための道のりを応援してくれる人が一人でも増えてくれるならば、それは今の私の活力となると考えたからだ。ちなみにアフィリエイト広告も掲載している。一銭も頂けないかもしれないが、少しでも生活の足しになればいいなと思っている。勿論クリックは強要しない。そんなことよりも、先に書いた理由のほうが私の中では大切だ。どうしようもない私の文章を読んで、何かを感じてくれる人が一人でもいてくれることを願いたい。

会社のこと、パワハラのこと、それからやってきたこと、書きたい気持ちは山々だが、今は諸事情によりそれらが記事にできないでいる。いつか、すべてがまとまったときに、このブログにまとめようと思う。

好転を願いたい。

日記

朝6時に起きた。昨日眠れなかったから、本当に寝坊しそうになった。電話くれてありがとう、お母さん。

ごみ出しして、新居へ。インターネットとガスの立ち合いをした。やっぱり少しお部屋は狭くなるな~。だけど部屋が狭くて死んだ人はいないから大丈夫。

外に出たらすごく暑くて、そしたら友人から着信。働きすぎだよ、大丈夫かな。無職の私が言えることじゃないけど。他愛のない話をして、ずっと向こうの神社まで歩いた。引っ越しのご挨拶をしてみた。

その後新宿で暇をつぶして、某用事へ。

とりあえず、今は引っ越しに集中しなきゃだ。

好転を願いたい。少し、期待している。

つらい。

日記

昨日も眠れなかった。お母さんが帰った。寂しい。

明日は忙しくて、6時起きなのに全然眠れない。レンドルミンが最近効かなくて、寝ようとしてから2時間も経った。レキソタン2錠追加した。

早く眠りたいのに、色々考えると眠れない。本当につらい。なんで毎日こんなにつらいの。だれかたすけて。

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